研究内容 (Research subjects)

 微生物は、肉眼では見えない小さな生き物です。しかし、その中には、アーキア、細菌(バクテリア)、酵母やカビなどの多様な生き物が存在し、驚くべき機能を発揮する微生物もいます。生物機能変換学分野では、微生物の優れた機能を発掘し、それらの機能を司る仕組み(機構:メカニズム)を、細胞、分子(遺伝子やタンパク質)、ならびに原子レベルで明らかにすることを研究の基盤とします。また、得られた成果に基づいて、微生物の機能を改良することにより、我々の生活に役立たせることを試みています。これらを達成するため、各種オミクス(ゲノム・トランスクリプトーム・プロテオーム・メタボローム解析など)を含めて、分子生物学(遺伝子やタンパク質・酵素の機能解析)、細胞生物学(電子・蛍光顕微鏡解析)、構造生物学(X線結晶構造解析)、および合成生物学(代謝物質や遺伝子発現解析)的手法を駆使しています。

(1)微生物と他の生き物との関わり

 我々ヒトも含めて、ほとんどの生き物(動物、植物や微生物)は多様な微生物と何らかの関わりをもっています。特に、常に関わりをもつ微生物は常在菌と呼ばれ、腸内細菌叢はその典型です。腸内細菌は、動物の腸管内に存在する微生物群の一種です。最近では、腸内細菌が我々の健康に重要な役割を担っていることが示されています。動物の常在菌には、動物の細胞外マトリックスを定着や分解の標的とする微生物が存在します。当分野では、微生物の動物細胞外マトリックスへの作用機構を解析することにより、微生物と動物との関わりを理解することに努めています。得られた成果を、有益な微生物の定着を促進する応用研究に繋げます。また、食品による腸内細菌叢の変化についても解析しています。
 納豆や漬物といった発酵食品も、微生物の植物への作用による産物と捉えることができます。それらの作用機構を解析することにより、発酵食品の製造プロセスを理解し、より美味しくすることにも挑戦しています。

(2)微生物による高分子物質の利用

 一般に、微生物が多糖やタンパク質といった高分子物質を利用する場合、細胞外に低分子化酵素を分泌し、低分子化物(オリゴ糖やペプチド)を取り込みます。一方、微生物A1株は、多糖であるアルギン酸やペクチンを栄養源として利用しますが、アルギン酸を細胞外で低分子化することなく、直接細胞内に取り込みます。その取り込みに関わる細胞表層の「体腔」(口に相当する器官)と「ABCトランスポーター」について、機能・構造解析を続けています。また、本菌は、べん毛運動を介して、アルギン酸やペクチンに対して走化性を示す(接近する)ことも分かってきました。そこで、細胞外に存在する高分子多糖の認識と走化性発現を解析しています。これまで、微生物による高分子物質に関する取り込みや走化性応答はほとんど知られていない現象ですので、この特異な機能を活用して、多糖の高度利用に繋げることを目指しています。

(3)微生物による金属の回収

 全ての生き物は、その生存に金属(イオン)を必要とし、機能に重要な金属を含むタンパク質や酵素を作ります。微生物も、外的環境から巧妙に金属を取り込みます。例えば、シデロフォアという金属と結合する物質を細胞外に分泌し、金属を結合したシデロフォアを細胞内に回収します。一方、金属タンパク質の中に、希少な金属(レアメタル)と結合する可能性を示すタンパク質が見つかってきました。そこで、微生物の金属取り込みに関わる仕組みを解析し、その成果をレアメタルの回収に応用することに挑戦しています。また、微生物の金属タンパク質がヒト癌細胞の増殖を阻害することから、その構造と機能を解析することにより、金属タンパク質の医薬などへの新たな利用展開に努めています。

(4)微生物による有用物質生産

 二酸化炭素排出による地球温暖化や化石燃料の枯渇を抑制するため、自然エネルギーの導入が求められており、資源の乏しい日本においては社会的にも重要な課題の一つです。国土面積に比して、広大な海域をもつ日本では、海洋資源の有効活用は課題解決の足がかりとなります。例えば、海藻の一種である褐藻類の利活用もその一つです。すでに、褐藻類に多く含まれるアルギン酸やマンニトールから、バイオ燃料(エタノール)やその他の有用化合物(ピルビン酸)を生産する遺伝子改変微生物を作り出しています。現在は優良なエタノール生産微生物である安全なパン酵母に注目し、アルギン酸やマンニトールからの石油代替品(イソブタノールなど)の生産を目指しています。これが成功しますと、海藻の増産→藻場効果による水産資源の涵養→水産業、沿岸経済の活性化→食糧安全保障問題への貢献、などといった波及効果も期待されます。
 一方、廃棄物からの有用物質生産にも取り組んでいます。大気窒素を利用できる微生物を用いて、廃棄物から有用ポリマーの生産を試みています。

(5)NADP+の分子生物学と応用微生物学

 NADP+は教科書で必ず学ぶ電子伝達分子(補酵素)です。NADキナーゼ(NADK)というNAD+リン酸化酵素により合成されます。私たちは、特に微生物NADKの研究を通じてNADP+合成に関する様々な知見を積み重ねてきました。最近はヒトのミトコンドリアのNADKを発見し、そのリン酸化の活性制御における重要性を示す結果を得ています。どのような仕組みでNADP+合成が制御されているかという問題は非常に本質的な問題です。私たちは、この問題に取り組んでいくと共に、応用微生物の観点からも、特にNADK活性の制御によるバイオテクノロジーへの貢献を目指して、研究を進めていきます。